世界一受けたい授業 原田マハ ゴッホを語る!アート小説「たゆたえども沈まず」

額縁

2020年8月15日

世界一受けたい授業

アート小説「たゆたえども沈まず」に学ぶ、ゴッホはなぜ死を選んだのか?

話題のアート小説家・原田マハ先生がゴッホの人生を辿る!

先生がゴッホに惹かれたのは、「世間に認められなくても、画家としての誇りを捨てなかった生きざまに武士道を感じるから」と言っていました。

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原田マハ先生の語るゴッホ

ゴッホの生い立ち

フィンセント・ファン・ゴッホは、オランダの牧師の子。

感情の起伏が激しく、中学を自主退学。

就職しても長続きせず、27歳で画家を目指しました。

しかし、生前売れたのは数枚だけ。

家賃も画材代も、弟のテオドルスの支援を受けて生活していました。

日本美術との出会い

1867年当時、パリ万博が開催。

日本美術・ジャパニズムがブームに。

ゴッホも、浮世絵のカラフルさに驚きました。

また、西洋画に描かれず、浮世に描かれていたものは「雨」

西洋では理想的に晴れた風景を描いていましたが、日本では自然いあるがままの風景を描いていました。

歌川広重の雨の浮世絵は、ゴッホも模写しています。

また、余白に漢字を見様見真似で模写した作品もあります。

南フランスへ

日本に強いあこがれを感じていたゴッホ。

日本を感じるために、35歳の時、パリを離れ、南フランスのアルルへ。

浮世絵には影が描かれていないことから、日本を日差しの強い国=常夏の国と勘違いをしていたのでは。

また版画を分業で作る様子を描いた浮世絵を見て、共同生活をしながら作品を作っているとも勘違い。

そこで、先輩画家ゴーギャンと共同生活を送ります。

しかし、意見のぶつかり合いでゴーギャンが家を出ると、自分の耳を切り落としました。

そして、1890年7月27日、ピストル自殺。享年37歳。

弟に経済的負担をかけ続けられないと思い自殺したと、小説ではとらえています。

原田マハ著「たゆたえども沈まず」

原田マハ先生は、早稲田大学で、学芸員の資格を取得。

森美術館の立ち上げにかかわったり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にも勤務。のち小説家でビュー。

「たゆたえども沈まず」は、2017年発表

パリの実在の日本人画商 林忠正が、ゴッホの作風に影響を与えたとしたら…

女優・北川景子さんも魅せられた作品。

タイトルは、「苦難の時は波をかぶってても、たゆたいこそすれ沈まない舟になればいい」と言う意味で、パリの紋章に刻まれた言葉。

芸術に邁進してきたゴッホの、画家としての姿を重ねてタイトルにしたそうです。

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